享保3年に京菓子の名門と謳われる菓子司・亀屋良安から暖簾分けする形で誕生した「京菓子司・亀屋良長」。四条醒ヶ井(さめがい)の地で200年以上の歴史を刻みながら、代表銘菓「烏羽玉」をはじめとする江戸時代からの伝統の味を今に伝えている老舗です。

そんな歴史のある「亀屋良長」ですが、伝統を守り継ぐだけではなく、時代の変化とともに新たな試みにも取り組んでいます。その一つが「スライスようかん」の開発。業界の常識を覆す斬新なアイデアでしたが、和菓子離れしている若い世代のお客様のライフスタイルとマッチし、今では店を代表する人気商品となりました。

「旅するイストリア vol.3」では、老舗に新たな風を吹き込んだ「京菓子司・亀屋良長」八代目女将、吉村由依子(よしむらゆいこ)さんのお話をお届けします。

元々フランス料理を勉強していた吉村さんが、結婚を機に飛び込んだ和菓子の世界で何を感じ、どのようにして画期的なアイデアを実現させていったのか、商品企画にかける想いと合わせて伺いました。

結婚をきっかけに、和菓子の世界へ

もともと和菓子とはあまり縁がない暮らしをしていた吉村さん。結婚を機に和菓子の世界を知った後、どのような経験をされたのか。これまでの経緯を教えていただきました。

もともと食の世界に興味があり、大学では食物栄養学科で調理学を専攻。卒業した後は、フランスに留学して本場の料理を1年半ほど学びました。帰国後に和菓子店の跡取りと結婚するなんて、その時は想像すらしていませんでした(笑)。

和菓子についてちゃんと学んだのは、結婚後です。夫の仕事を見ているうちに興味が湧いてきて、京都の組合が運営している訓練校に通って、和菓子のことを全般的に学びました。そこからお店の手伝いを始めたのですが、とにかく年配のお客様が多いことに気づきました。子どもの頃から和菓子を身近に食べる機会が多く、生活習慣の一部になっている方々ですよね。

長年ご愛顧下さるお客様の存在はありがたいと思う反面、「このままではだめだ」という危機感を少しずつ抱くようになりました。日本の和菓子の魅力は、お菓子の味わいや見た目だけではなく、それぞれのお菓子に込められた意味にあると思うんです。たとえば端午の節句に食べる柏餅であれば、新芽が出るまで古い葉が落ちないという柏にあやかり、「家系が絶えない=子孫繁栄」という願いが込められていたり。

そういった和菓子に込められた意味を、今の若い世代の方たちは知る機会がほとんどありません。そうすると、後世の子ども達にも和菓子の魅力は伝わらなくなっていくでしょう。

私自身、結婚するまでは和菓子を買って食べる機会もほとんどなかったんですが、だからこそ「もっと若い方たちにも親しんでもらえる和菓子を作っていきたい」と思いました。

そんな思いから「亀屋良長」の商品開発に携わるようになり、細かい企画も含めると130種くらい商品を考えました。調理学で学んだ“調理を科学的に見る”という視点は、和菓子の商品開発の土台になっていると感じます。

「こんなお菓子を食べてみたいな」「こういうお菓子があったらいいな」という素直な思いを大切に、若い方の意見もどんどん取り入れながら、今後も新たな商品を展開していきたいです。

現代のライフスタイルに合わせた新たな和菓子「スライスようかん」

吉村さんが開発した商品のうち、特に大ヒットとなったのが「スライスようかん」です。2018年9月の発売以来、総販売数は35万個を超え、既存の羊羹に比べると年間1000倍もの売上を記録しました。新感覚の和菓子が出来上がるまでには、どんなストーリーがあったのでしょうか?

「スライスようかん」の着想は、長男と次男と過ごす朝の食卓から生まれました。長男は甘いものをあまり食べない子なんですが、次男はあんこが大好きなんです。その日はたまたま、子ども達とトーストを食べていたんですが、次男が「パンにあんこを塗ってほしい」と言ったんです。

冷えたあんこは固まっているので、パンに塗るのも手間がかかります。そこでふと、長男が食べているチーズトーストが目に止まりました。スライスチーズと同じような形状のあんこがあればいいのではないか、とその瞬間閃いたんです。

とはいえ、アイデアを商品化するまでには試行錯誤がありました。焼いた直後のパンは香りが強く、そのままだと和菓子が負けてしまいます。小豆の香りも感じられる絶妙なバランスをとる必要がありました。

あんこの魅力もちゃんと味わって頂ける商品にしたかったので、「スライスようかん」のあんこには、上生菓子にも使っている高級素材「丹波大納言小豆」を贅沢に使用し、小豆の風味がより力強くなるよう粒あんに仕立てました。

パンとの相性やトースト時の溶け具合などを考え、ようかんの薄さは2.5mmに。あんこ好きな次男に協力してもらい、子どもの純粋な舌を基準に最終決定を下しました。

こころとからだにやさしい京菓子ブランド「吉村和菓子店」の新設

「亀屋長良」のオリジナルブランドのひとつに、GI値が低めの天然甘味料や、ミネラルや食物繊維が豊富な食材を使った京菓子ブランド「吉村和菓子店」があります。2016年に立ち上げた同ブランドは、吉村さんにとって特に思い入れの深いブランドだそうです。

「吉村和菓子店」は、”こころにも、からだにも、やさしい京菓子を”というコンセプトで立ち上げた亀屋良長の新ブランドです。健康によいお菓子作りについて、本格的に考え始めたのは夫である

八代目当主の病気と、お客様からの声がきっかけでした。

病気がきっかけで食嗜好が変わった夫は、肉や魚をほとんど摂らない野菜中心の食事を好むようになりました。和菓子の主原料として多用されている白砂糖や精製された白い米粉も、だんだん負担を感じるようになってしまったのです。

また、かつての日本では貴重な品であった白砂糖は、今では簡単に手に入るようになり、結果として昔はなかった生活習慣病のリスクを抱える人がとても増えています。

お客様からもカロリーの問い合わせや、糖尿病の方でも食べられるものはあるかなどの問い合わせが多くなりました。

そうした背景から「糖質制限の必要な方にも楽しめる和菓子を提供したい」と思い、本格的に体にやさしい素材でのお菓子作りを研究し始めました。そうして、新ブランド「吉村和菓子店」を立ち上げるに至ったのです。

血糖値の上昇がゆるやかなココナッツシュガーや、腹持ちが良く太りにくいハチミツ由来の糖質パラチノースなどを用いることで、お菓子の美味しさはそのままに体への負担を少なくしています。

取り扱い商品は和菓子を中心に、ご家庭でも簡単に挑戦して頂ける「手作りあんこセット」なども販売しています。ご自宅でお菓子作りを経験することで、和菓子をより身近に感じてもらえることが増えたら嬉しいなと思っています。

より多くの人に和菓子文化を伝えていくためのSNS発信

和菓子の魅力をより多くの人に知ってもらうため、吉村さんはYouTubeやInstagram、Twitterを使った情報発信にも力を入れています。SNSを通じた発信の手応えについて、教えて頂きました。

日本の和菓子は、世界的に見てもとてもレベルが高く、繊細で面白いものだと思うんですね。単なる甘いものというだけではなく、一品一品に込められた意味や縁起、そして職人が描こうとした自然の情景といった和菓子の背景もぜひ多くの人に知って頂けたらと考えました。

そこで始めたのが、YouTubeをはじめとするSNSの発信です。YouTubeでは、代表銘菓「烏羽玉」を製造する様子や当店のこだわりである京の銘水「醒ヶ井水」の紹介などを行っています。

インスタグラムやツイッターでは、季節感を大切にしながら、新商品の紹介や和菓子の製造プロセスを撮影した動画などを投稿しています。

SNSでの発信をきっかけに当店の店舗あるいはネットショップに足を運んで下さる方も増え、売上アップにもつながっています。発信をきっかけに、和菓子に興味を持ってくださる方が増えたらうれしいですね。

世の中で必要とされるものは、次代を越えても必然として残るものだと思います。江戸時代から当店が受け継いできた和菓子の伝統が、この先残るのか消えるのかは分かりません。ただ、これから和菓子の文化や技術を後世に継承していくためには、時代に合った環境をもっと作っていく必要があると考えています。

これからの商品開発のビジョン

商品に対する思いを語りだすと止まらないという吉村さん。最後に、今後の商品開発について吉村さんが思い描くビジョンについてお話頂きました。

今の私たちの商品開発の土台にあるのは、実はヨガの指導者である相川圭子先生の「こだわりを捨てなさい」という言葉なんです。

この言葉と出会った頃の私たちは、うまくいかないことだらけの日々を送っていました。小さな子どもたちの育児に追われ、夫は病気で入院し、さらに店の経営状態も厳しいなかで、「なんでこんなに苦しい思いをしなくてはならないの」と嘆く毎日で。

夫は手術が成功したものの、その後は経過観察するしか術はなく、この先どうなるんだろうと不安な日々の中でヨガに出会い、考え方が大きく変わりました。

職人の夫にとって「こだわりを捨てなさい」という言葉はなかなか衝撃だったみたいで、それまでは消極的だった新しい商品作りにも積極的にチャレンジしてみようと考えるようになり、百貨店やお客様からの依頼にも「まずはやってみよう」と前向きに受け止めるようになりました。

ヨガで出会った「全てに感謝」という言葉は、初めこそ正直理解に苦しむところもありましたが、そういった心持ちでいると、素晴らしい方が仲間になってくれたり、京都のテキスタイルブランド「SOU・SOU」さんをはじめ多くの方とのご縁が広がったりと、色んなことが良い方に進みました。ヨガはエネルギーや気を流すと言いますが、本当に身の回りの流れが良くなったと実感しています。

私が商品開発の際に考えていることは、「自分も楽しくて、お客様も楽しい和菓子作り」です。その根幹の思い自体は変わらないのですが、最近では加えて「役に立つことをしていきたい」と考えています。

具体的には、「亀屋長良」を一緒に運営してくれる40名ほどのスタッフがもっと豊かになるように、そしてお客さんがさらに笑顔でいっぱいになるようにしていきたいですね。また、素材を生産されている農家の方々や関係者の皆さんのお役に立てるようなこともしていけたらと思っています。

これからも皆様から頂くご縁を大切に、感謝の心を旨に、新たな商品づくりにチャレンジしていきたいと思います。

あとがき

「亀屋長良」の八代目店主とともに、和菓子業界の中でも先進的な挑戦を続けている八代目女将・吉村さん。創業時から受け継ぐ伝統の京菓子と、吉村さんが商品開発を手掛けた今の時代ならではの京菓子、どちらも和菓子の奥深い魅力を伝えてくれる逸品ばかりです。京都の本店もしくはネットショップのお取り寄せを利用して、ぜひ一度ご賞味ください。