奈良県の名産品として名高い「柿」。
「富有柿」や「平核無柿(ひらたねなしがき)」など種類も豊富で、果実の全国ブランドとしてもよく知られています。

奈良県五條市に本店がある石井物産株式会社は、そんな柿の魅力をどこよりも理解し、魅力を発信し続ける企業です。

「柿の専門」というブランド名で、「柿もなか」「郷愁の柿」をはじめとする数々の商品を通して、柿の魅力を届けています。

『旅するイストリアvol.8』では、石井物産株式会社の代表取締役・石井和弘(いしいかずひろ)さんのお話しをお届けします。

企業としてはもちろん、仕事人として柿に日々向きあう石井さんはまるで柿の伝道師。言葉の端々から、「柿と共に生きる」という清々しい覚悟を感じ取ることができました。

全国でも珍しい柿に特化する企業。常に柿のことを考えてきたその歩みとは。

原材料の一番目には必ず「柿」を入れる。柿の魅力を追求する企業姿勢。


「柿の専門」は、JR奈良店のほか、奈良市や五條市に店を構えています。

主力な商品は、柿餡を詰めた「柿もなか」、干し柿に栗餡を詰めた「郷愁の柿」、柿をスライスした「柿日和」など。

柿をまるごと使ったお菓子のラインナップが豊富で、商品バリエーションもお菓子だけではなく、お茶やお酢など幅広く展開されています。商品開発のポリシーはどういったところにあるのでしょうか。

石井さん:

原材料の一番目に柿が入ることを大事に、商品開発をしています。柿もなかの柿餡も、白餡の中に干し柿を入れたものではなく、柿を煮詰めて作っています。

いかに柿を多く使うかが私らの使命やと思ってます。柿の旬は秋やけど、干し柿やったら2月くらいまで楽しめるし、夏場には柿を凍らせたものをお届けするとか、一年を通して柿の良さを届けていけたら嬉しいなあって。

ゆったりと奈良の言葉で話す石井さん。

柿を年中楽しめるアイデアだけではなく、商品ごとに使う種類を変えるなど、美味しさ追求の姿勢も徹底しています。

石井さん:

柿餡は富有柿という甘柿を、干し柿には干すと渋が抜けてきれいな色になる平核無柿という渋柿を使います。あと、つるし柿には、法蓮坊柿という奈良の独自の品種を使っていますね。

常に柿のことを考え「よりよい製品を」と商品を展開していく姿勢は、様々な受賞歴にも証明されています。

「郷愁の柿」は「世界に通用する究極のお土産」のベストセレクションに選ばれ、「柿バター」は「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」の地方創生大賞に輝きました。テレビ番組でも取り上げられるなど、柿商品の人気は全国へ、世界へと広がっています。

廃棄される柿を利用し、商品を開発。柿への一途な想いは受け継がれて。


すっかり奈良のお土産として定着しつつある「柿の専門」の商品。

同社が柿の加工を始めて40年近くになりますが、最初から柿に特化した事業を行なっていたわけではないそうです。

石井さん:

創業者である私の祖父は漬物の会社をしていましたが、傷ついたり不揃いだったりして廃棄される柿を加工できないかと農協から相談されました。

当時、廃棄処分になった柿は山に捨てられていたんですよ。心を痛めた父は、漬物の樽を使って、柿を発酵させてお酢を作り始めました。そこから柿の奈良漬や、今も人気の柿日和などへ商品を発展させていきました。
父は「一年に一品は新商品出すねん」と言って、商品開発に没頭してましたね。

父はもともと機械設計の職人で、畑違いからきたからこそ発想も独特でした。柿餡についても、白餡に干し柿を混ぜるものが主流やったけど、うちの父は柿だけを炊いて餡に。
和菓子の専門外だからこそ、一般的じゃないものを商品にするパワーがあったんやろうなと思います。

当時を振り返って石井さんが思い出すのは、餡の釜の蓋の穴から、じーっと中身を覗き込む父の姿。

石井さん:

母と一緒に、何してんねやろなって笑って見ていましたよ。

没頭したら一筋。そんな精神は、3代目を引き継ぐ石井さんの中にも脈々と息づいているようです。

柿を好きになってもらうため、強い想いで柿に向き合っていく。

商品開発を通して柿の価値を高め、人気の果物にしたいと願う3代目の覚悟。


日本の昔話「さるかに合戦」では柿を巡ってさるとかにが喧嘩する様子が描かれます。また、和菓子職人の中では、“和菓子の甘さは干し柿をもって最上とする”と言われます。
物語で親しまれ、和菓子の甘さの基準にもなっているほど、古来より愛されてきた柿。しかし、最近はその人気もトーンダウンしてきています。

石井さん:

柿は包丁で皮を剥かないと食べられないし、種もあります。そのせいか、敬遠される方も増えてきました。でも20〜30年後に、柿が忘れ去られていたらやっぱり寂しい。

だから私らが柿の加工品を通して美味しさを伝えていき、柿の価値を高めていきたいと思っています。
ブランド名を「柿の専門」としているのも、柿に特化していこうという私らの決意の表れなんです。

柿もなかを食べて美味しかったから、柿を食べてみようと思ってくれて、最終的に柿を好きになってもらえたとしたら、こんなに嬉しいことはないです。

柿の価値を高めるための2つのコンセプト。『柿をステキな果物に』『柿を科学する』。


「柿の専門」として商品開発を進め、柿の価値を高めていくために、石井さんは商品づくりに2つのコンセプトを設けました。

石井さん:

一つは『柿をステキな果物に』、もう一つは『柿を科学する』。

弊社ではお菓子を主力商品としていますが、柿酢、柿の葉茶など、生活に結びついた日常品も展開しています。
栄養価が高い柿は、果肉の甘み以外にも、様々な魅力を持っているんです。健康にも美容にも良いし、新たな機能性も次々発見されています。

農学部出身の石井さんの話からは、柿の果てしない可能性が伺えます。
熱く熱く、柿のことを語る石井さんですが、ちょっとびっくりな発言が。

石井さん:

実は、私自身は柿が苦手だったんです。給食で出た柿を皮ごと食べたことがあまり良い思い出じゃなくてね(笑)。

でも、今はそんなこと言うてられへん。商品開発のため干し柿が乾燥していく段階で、渋が抜けているか味見するんですが、最近では渋が少し残るもののほうが美味しく感じられるほどになりました。

柿の渋こそ美味しさの秘密という石井さん。
今は柿のことしか考えてない毎日だそうで、柿のことを何よりも愛しく思っているようです。

柿の新たな可能性を追求し続け、柿の魅力を未来に伝え続ける。

「柿を科学する」ため、柿の研究所を設立し、大学とも連携。


「柿って名が付くなら、なんでもやりたい!」と、2代目である石井さんの父はよく話していたといいます。コンセプトの一つ『柿を科学する』こともその表れ。自社内に研究所を設け、様々な試みを進めています。

研究所では、柿渋の濃度や純度の測定なども行なっているんだそう。また、近畿大学や畿央大学、奈良県立医科大学など、各大学と連携して、柿にまつわる様々な研究を深めています。

石井さん:

柿渋にある、柿ポリフェノールの成分には抗酸化作用があり、血液中に入ると様々な効果効能があると言われています。
血糖値抑制効果のほか、柿渋で感染症の重症化抑制効果あるという研究も発表されているんですよ。

そうした効能も鑑み、今は「柿渋飴」といった商品も登場しています。

石井さん:

昔から柿渋は塗料や染料としてのほか、糸の強化や日本酒醸造にも使われてきました。今後、弊社の取り組みから、医薬品などにも発展させていけたらいいなと思っています。
新しい分野に広げることが、柿の魅力をさらに知ってもらうことにつながってくると思っています。

石井さんの夢はまだまだ尽きません。

商品開発から柿の新しい品種開発まで。限りなく広がる夢。


柿に詰まった可能性をどんどん広げていくことに意欲的な石井さんですが、今後さらに挑戦していきたいこともたくさんあるようです。

石井さん:

「柿をステキな果物にする」という軸からブレたくないですね。
そのために、商品のパッケージも素敵にして、新しいお菓子の展開もして、今まで以上に「柿の専門」としてブランドを盛り上げて、皆さんに柿を好きになってもらえたらなと思います。

もちろん『柿を科学する』というポリシーも守り続け、食べるだけではなく様々な形で柿のパワーを感じてもらえる商品づくりに勤しんでいきたいです。

新たな挑戦としては、加工用に特化した柿の開発にも取り組んでいきたい。
柿の自社栽培も行なってきましたが、今後は種から植えるのではなくて、昔から伝わる柿の木の上部に接ぎ木する方法で新たな品種を作っていけたらカッコええなと思っています。

そして、私らの柿への想いや姿勢に共感を覚えてくれて、柿の魅力を広げてくれる人材を育てて、一緒に歩んでいきたいですね。

新たな夢も次々に生まれている石井さん。

その原動力は、きっと柿に秘められた限りない可能性にあるのでしょう。

あとがき

とにかく「柿」について熱っぽく語ってくれた石井代表。「趣味もなくて、柿のことばかり考えてるんですわ」との言葉通り、柿への想いが強く感じられました。日本ならではの果物である「柿」の未来が、希望に溢れた明るいものになりますように。