三重県鈴鹿市白子は、伊勢街道の宿場町として栄えた町です。この地で300年以上、様々な和菓子を送り出してきたのが、小原木本舗大徳屋長久

鈴鹿銘菓「小原木」をはじめ、かりんとう饅頭やミルク饅頭、季節ごとの上生菓子、“飲める大福”と言われる「It Daifuku」など、定番のものから新感覚のものまで和菓子を届け続け、地元を中心に愛されてきた名店です。現在は、三重県を中心に6店舗を展開しています。

小原木本舗大徳屋長久の創業は、享保元年の1716年。
現在、代表取締役を務めるのは16代目の竹口 久嗣(たけぐち ひさつぐ)さんです。

この地に生まれ、老舗和菓子屋を切り盛りする親や祖母を見て育ち、幼き日に和菓子職人になることを決意。
“古き良き”を守りながらも、絶え間ないチャレンジで、和菓子屋として誰も歩んでこなかった新しい道を切り開いています。

精力的にチャレンジしていくその情熱の源はいったいどこにあるのか?幼き日の話から、今の想いまで、じっくりと伺いました。

ブレずに一筋に歩んできた和菓子職人が改革に挑み続ける理由

16代目が老舗を継ぐと決めた日


小原木本舗大徳屋長久の長男として生まれた竹口久嗣さん。老舗の長男として、特に誰かに後を継ぐように言われたわけではなく、後継の意志を固めたのは、小学校の頃の自分自身だったと言います。

竹口さん:

「小学校4年生の時です。当時、父が店の代表で、和菓子屋だけどクリスマスにはバターケーキを売っていたんですね。自宅と工場はつながっていて、父は常に行き来していました。
クリスマスの日、ケーキの製造で忙しかったんでしょうね。父が工場のほうに歩いていく後ろ姿を見たんですよ。そのとき、『後を継ぐ』って決めたんです。」

和菓子のすごい技を見たわけではない。でも誰かのために美味しいケーキを届けたいと仕事に打ち込む父親の姿は竹口さんにとってただただかっこいいものでした。

高校卒業後は大学から専門学校へと進み、大阪での修行後、小原木本舗大徳屋長久へ入社。小学校4年のクリスマスのあの日から、ブレずに和菓子の道を歩んできました。

15代目のチャレンジ精神が確かに受け継がれて


もともと、小原木本舗大徳屋長久は代表銘菓である「小原木」のみで商売をしていたとか。その流れを大きく変えたのが15代目。

昭和のショッピングブームに乗って、和菓子の種類を大幅に増やし、地域密着型の和菓子屋としての認知を高めていったといいます。
時代の気流と調和し、新しいことを追い求めていくチャレンジ精神は、16代目の竹口さんにもしっかりと引き継がれています。

竹口さん:

「2012年に16代目当主となり、少し弱まっていた経営面を強化するため、商品を見直しました。
和菓子の伝統も大切ですが、洋菓子の要素を取り入れ、若い方にも好まれるような和菓子づくりとして、様々なチャレンジをしてきました。おかげでV字回復を遂げることができました。」

改革の根底には、「若者の和菓子離れを阻止したい」という想いがあります。

竹口さん:

「例えば今、30代の方が和菓子に親しんでいなかったら、その子ども世代が大人になった時に和菓子を全く知らないということになる。そんな時代になってほしくないから、色々新しいことに挑んでいるんです。」

竹口さんが試みたチャレンジにはどんなものがあったのか。それではご紹介していきましょう。

新たな世界を切り開く、若き店主の挑戦とは。

メディアでも評判の「ItWokashi」。ブランディングの道のり


若者の和菓子離れを食い止めるため、竹口さんがまず決めたのは、「若い方に響く和菓子ブランド」の立ち上げです。

ただ、和菓子職人としてずっと和菓子の世界にいたため、自分自身がその範疇からはみ出す提案をするのは難しいのでは…と考えた竹口さん。全く違う切り口を求めて、畑違いの人にブランディングを依頼。自分は職人に徹することに決めたのだとか。

竹口さん:

「料理研究家とライターにブランディングを依頼しました。和菓子と関係ない人たちのアイデアベースから始まることできっと面白いことができると思ったんですよね。」

まず、「ItWokashi」というブランドを設立。

様々なアイデアをもらい、試作を繰り返していきましたが、商品作りは難航します。
しかしある日、竹口さんが差し入れとして持っていった和菓子がヒントとなり、流れが変わります。

竹口さん:

「『わた雪』というお菓子で、粒あんと生クリームを混ぜたものを、トロトロの柔らかい餅で包んだお菓子です。メンバーがこれを食べて感動して、『これやん!これでいこう!』ってなったんです。」

そこから、「わた雪」の食感と味わいをベースに、普段なら和菓子に使わないようなハーブやスパイス、フルーツなどをフレーバーに取り入れ、「It Daifuku」という商品を作り上げました。

現在は、粒あん&クリーム、ごま&マンゴー、いちご&ピンクペッパー、抹茶&レモン、烏龍&杏仁、葡萄&ラムなどのラインナップを展開。バレンタインにはココア味など、季節限定商品もときどき登場します。

普通の和菓子にはない斬新なアイデアと、たしかな美味しさで、“飲める大福”としてテレビ番組で取り上げられるなど、一躍有名銘菓となりました。

親子ターゲットのはずが、大人が夢中に。「さわってつくってたべる絵本」


「和菓子を若い人に広めたい」という想いから、和菓子体験教室なども開いていた竹口さん。教室自体は評判も良かったのですが、参加者に言われることで気になっていたことがありました。

竹口さん:

「和菓子づくりは楽しいけど、自宅ではできないというお声をよくいただいたんです。材料を買っても余るし、あんこを作るのも大変だと。」

それなら和菓子キットにすれば、家庭でも身近に和菓子作りを楽しんでもらえるかもと思い、販売を始めたそうですが、売れ行きは芳しくなかったとか。

悩んでいたところで、たまたま出会ったある会社の社長が竹口さんの想いに共感し、協力しあって、想いを形にしていくこととなりました。

竹口さん:

「そこからでき上がったのが、『さわってつくってたべる絵本』。
“ねりきり”を使って和菓子を作ることができるもので、親子で楽しんでいただけます。これは評判がよく、保育施設や企業様からまとめてご購入いただくこともあります。」

絵本を読み、親子で和菓子作りを楽しんでもらうことが目的でしたが、意外なことに大人にも評判が良かったとか。

竹口さん:

「ちょうどコロナ禍の自粛時期だったので、オンライン和菓子作り体験として、大人の方も夢中で楽しんでくださっていました。」

かわいい絵本を通して「さわる」「よむ」「つくる」「たべる」を一気に体験し、和菓子文化という伝統を伝えていく。新しい形で、竹口さんの想いは広まっています。

世界で食べてほしいから開発。グルテンフリー&ヴィーガン「本気のどら焼き」


厳選した素材でできる限り添加物も減らし、安心な和菓子作りをしていきたいと考えていた竹口さんが渾身の想いで作り上げたのが、2022年7月に販売しはじめた「本気のどら焼き」です。

竹口さん:

「日本の人はもちろん、世界の様々な人にも、和菓子の良さを伝えたくて作り上げた商品です。
“本気”には今までにない新しいものという意味が込められ、グルテンフリーでヴィーガン仕様のどら焼き作りに挑戦しました。」

小麦粉、白砂糖、卵、牛乳を使わず、有機素材で仕上げるという挑戦は、かなりの苦戦だったということですが、現在もこの商品は作り続けており、オンラインでも販売されています。

やりたいことが止まらない! 次なる挑戦は「和菓子のアート化」


様々なチャレンジを続けている竹口さんですが、何に対しても「自分自身が楽しむ」という姿勢を崩さず向き合っています。

また、これまでの実績に満足することはなく、もっといろいろなことをしてみたいと考えている様子が伺えます。そんな竹口さんが今後やってみたいこととは?

竹口さん:

「和菓子をアート化することですね。今も、様々な形で和菓子でアート表現される職人さんもいるのですが、私らしく新しくアート化して和菓子の価値を高めたいです。」

具体的にはどんな形で実現したいのでしょうか。

竹口さん:

「お菓子で作った花などを、ハーバリウムのようにオイルで保存して飾り、眺めてもらえるようにするとか。練り切りなどの生菓子を作るのも繊細で素晴らしい技術なので、そうした形にすれば長い時間たくさんの人に楽しんでもらえますよね。」

夢はますます広がります。

和菓子の未来を守るために、勇ましく、挑み続けていく。

和菓子屋離れを防ぐために…。和菓子のイメージを向上させていきたい


様々なアイデアで新しい世界を切り開いてきた竹口さん。
冒頭にもふれましたが、やはり若者の和菓子離れの深刻さを、本気でなんとかしたいと思っているからこそ、生まれるバイタリティーなのでしょう。

竹口さん:

「私自身は、自分の店を有名にしたいとはあまり思っていないんです。それより、和菓子への注目度を高めたい。子どもへのお菓子として一緒に和菓子屋に行って選んでもらったり、おやつの時間に和菓子が登場する頻度が高くなったりしてほしいです。」

また、和菓子に対するイメージも変えていきたいと話します。

竹口さん:

「まずは和菓子職人や和菓子屋を“かっこいい”って思ってもらいたいですね。
ずっとこの道で仕事をしてきて、正直辛いことも多いですけど、お客様からの『美味しかった』のお声は嬉しいし、商品開発やブランディングに積極的取り組んできた経験から、和菓子屋ってすごく面白いビジネスだとも思っています。
だからこそ、和菓子職人の地位向上も和菓子屋への集客も諦めたくないです。」

ただ、どうしても「そんなのできない」と頑なな態度の職人も中にはいるとか。

竹口さん:

「だからこそ、私はノーと言わず、とりあえずやってみる姿勢を大事にしたいし、今後もいろいろな挑戦をしていきたいと思っています。」

和菓子を守るため。和菓子屋が、和菓子屋のためにできることをていきたい


現在、歴史がある老舗の和菓子屋が大手の企業に買収されることも増えています。もちろん買収で発展していくことは素晴らしいことですが、少し悲しくなる話を聞くこともあるのだそうです。

竹口さん:

「一生懸命、和菓子を作ってきた職人さんが嘆いていたんです。老舗として守ってきたことも、買収先が受け入れてくれないし、意見も聞いてもらえないと…。本気でショックでした。だからこれ以上、そんな目にあう和菓子屋が出てほしくないと思います。」

今、竹口さんが考えているのが、そうした和菓子屋をサポートし、屋号も工場も残して、新しい形で再生させるビジネスです。

竹口さん:

「和菓子屋は地域ビジネスなので、地域に根付いた屋号は大切なので守っていかないといけません。そうしたことが肌感でわかるので、私自身の経験も反映させて、1軒でも多くの和菓子屋が魅力を損なわず残っていけるよう尽力していきたいです。」

「和菓子屋が和菓子屋を救う」。竹口さんの新たな試みは、始まったばかりです。