京都、金沢と並んで日本三大菓子処の一つとして名高い島根県の城下町・松江。

江戸時代に松江藩を治めた7代目藩主・松平治郷(まつだいらはるさと)は茶の湯文化を広めた茶人としても知られており、「不昧公(ふまいこう)」「不昧さん」の名で今も松江の人々に親しまれてます。

そんな不昧公がかつて自ら名をつけ、その味わいをこよなく愛した銘菓が「山川」「菜種の里」、そして「若草」です。

『旅するイストリア vol.5』では、明治7年の創業から「不昧公三大銘菓」の一つである「若草」をはじめ、地元の生活に根付く和菓子の数々を作り続ける「株式会社彩雲堂」の営業部・卸部門を統括している舩木淳平(ふなきじゅんぺい)さんのお話をお届けします。

和菓子職人たちの優れた技術を今に継承し、和菓子の魅力を広く伝えていくべく様々な企画に取り組んでいる老舗としての挑戦の数々やその裏にある思いについて、商品の販促を手掛ける営業職としての視点から詳しくお話を伺いました。

和菓子作りを通じて、先人たちが築いた松江の茶文化を次世代へと伝える

大名茶人として名高い松平家7代藩主であり、歴代藩主の中でも松江藩中興の祖として有名な松平治郷。彼が広めた茶文化は松江の地に脈々と受け継がれており、今でも松江市街にはお茶や和菓子の店が多数並びます。

そんな日本三大和菓子処の一つ、松江で不昧公をはじめとする先人たちが築いた文化を継承し続ける老舗としての想いを伺いました。

不昧公三大銘菓の一つ、「若草」は私ども彩雲堂を代表する和菓子です。
かつて不昧公が愛した銘菓「若草」は、時代の流れとともに製法の伝承が途絶え、一時期はその姿をどこにも見ることができなくなってしまいました。

彩雲堂の初代店主はその味を蘇らせようと、当時の史料や言い伝えなどをもとに研究を重ねました。そうして明治中頃に復活した「若草」は、松江の代表的な銘菓として現在も皆様にご愛顧いただいております。

私どもは、お菓子を通じてお客様に心豊かなひとときを提供し、全社員の物心両面の豊かさを追求し、さらに豊かな地域社会づくりに貢献することを経営理念としております。

松江で今もなお親しまれる不昧公、そしてその時代から継承されてきた和の文化を活かし、職人たちの技術を研鑽し続けながら、先人たちの想いを次の世代に伝えていきたい。それが私たちの願いであり、使命であると考えています。

日々の暮らしに溶け込んだ和菓子の文化を若い世代に引き継ぐ取り組み

松江の和菓子は、よそ行きのものではなく、日常生活の中で楽しむためのものという特徴があります。朝食代わりに和菓子とお抹茶を嗜む方もいるほど、不昧公が残した文化がそのまま人々の暮らしのなかに溶け込んでいるのです。

とはいえ、若い世代ほど洋菓子を好む傾向が強く、和菓子離れが加速しているとよく言われます。

創業から守り継いできた和菓子の文化を次の世代へと伝えていくために、どのような取り組みをしているのかを教えて頂きました。

彩雲堂では、若い世代の方々にもっと和菓子の魅力を知って頂けるよう、定期的に和菓子のイベントやお菓子教室を開催しております。

その一つが、松江城から10分ほど歩いたところにある旧日本銀行松江支店の歴史的建造物を利用した体験型施設「カラコロ工房」での和菓子作り体験です。

カラコロ工房では、当社の職人たちから直接お菓子作りの指導を受けながら、「きんとん」と「練り切り」作りを楽しんで頂けます。お子様からご年配まで幅広い方にご利用頂いており、当店の職人たちの優れた製菓技術はもちろんのこと、コミュニケーション力に対しても高く評価頂いております。

その他、スーパーのイオンや地域の小中学校などでお菓子教室を展開したり、松江城でのお茶会に当店のお菓子をお出ししたりといった取り組みも。若い世代の方にも和菓子をより身近に感じていただけるように、これからも色々な企画を考えていきたいと思います。

彩雲堂がこだわる和菓子の「彩」作りと職人の技術継承

彩雲堂は、厚生労働省が認定する「現代の名工」を島根県内で唯一2名も輩出した和菓子屋です。

全国和菓子協会が認定する「選・和菓子職」という和菓子職人の中でトップにあたる認定を得た職人も5名在籍しており、その高い技術力には定評があります。

彩雲堂の職人たちは、非常に高い技術力を持っていることで知られています。
実際に、和菓子職人のトップを認定する「選・和菓子職」に選ばれた職人の在籍数も全国でトップの実績を誇ります。

その裏側には、マニュアル化できない感覚の部分も含めた和菓子技術の継承があります。熟練の職人達から技術を受け継ぎ、日々切磋琢磨していくなかで、入社時には和菓子作りの経験が全くない若手でも次々と一人前の職人に育っていきます。

その技術力の高さは、日頃の茶菓子だけではなく、山水花鳥などの自然の風物を写実的かつ芸術性豊かに表現した工芸菓子にも表れています。幅広い知識や洗練された技量に裏打ちされた工芸菓子は、とてもお菓子だとは信じられないほどの出来栄えのものばかりです。

毎年、松江松和会の作品審査会にも出品しており、松江市長賞などの賞を頂いております。当店の和菓子は、そんな一流の職人たちが全て手作りしており、季節を先取りしたやわらかな「彩」作りにこだわった仕上がりになっています。

松江市とのコラボなど、地域に根差した各種企画を推進

松江の地で創業から140年余りの歴史を刻んできた彩雲堂は、地域に根差した企画も精力的に行っているそうです。

島根県や松江市とも連携しながら進めている具体的な取り組み内容について、ご紹介いただきました。

私どもは、「神話のふるさと」である島根県、そして日本三大和菓子処の一つである松江という地域に根ざして和菓子作りを営んで参りました。和菓子を通じて少しでも地元の魅力を発信していけるように、当社では様々な企画にも力を入れています。

たとえば、松江市からインスタグラムの運用を活用する案として打診頂いたご縁から、彩雲堂では年2回「フォトコンテスト」を開催しています。

当社の和菓子と共に過ごす時間を切り取った写真に加えて、毎回異なるテーマを設定し、ハッシュタグをつけてインスタグラムに投稿いただく企画です。直近では2022年6月20日から7月20日にかけて「満天」をテーマに開催しております。受賞者の方には季節菓「満天」をプレゼントする予定です。

その他、2022年3月には「海と日本プロジェクトinしまね実行委員会」とのコラボによる「海を感じるオリジナル和菓子プロジェクト」を実施。島根の海や水辺をテーマに募集したアイデアイラスト30点の中から選ばれたデザインを生菓子で再現する企画を行い、入賞作品3点セットを本店と松江イオンで限定販売いたしました。

見た目の愛らしさやデザインの再現力から彩雲堂の技術力の高さを多くの方に感じていただけたのではないかと思います。

生活の中に息づく和菓子の役割とこれからの未来

先人たちが築いてきた伝統や技術のもと、今日まで守り継がれてきた和菓子。日本人の暮らしの中に息づいてきた和菓子の文化は、これからどのように発展していくのでしょう?

最後に、彩雲堂が考える和菓子文化の展望についてお話いただきました。

和菓子は、農産物を中心に自然の材料を用いて作り出す、日本人に合ったお菓子です。見た目に四季や自然を写し取り、五感で味わっていただける和菓子は、日常生活の彩りであると同時に日本人の心の栄養でもあると思うのです。

コロナ禍を経て、私たちのライフスタイルは大きく変わりました。外出の機会が少なくなり、自宅での時間が増えた分、かけがえのないひと時をぜひ和菓子の彩とともにゆったりとお楽しみいただけたらと思います。

四季を表現する和菓子は、日本人の心を癒してくれる美しさがあります。高い技術力による和菓子の芸術的な美しさは、日本国内だけではなく、海外の方からも大変評価されています。

日保ちなどの問題はございますが、冷凍技術を活用して、今後は海外にも彩雲堂の和菓子をお届けしていけたらと考えています。将来的には世界のどこにいても当社の和菓子を通じて和の風情を楽しんで頂けるようにしていきたいですね。

あとがき

和菓子の技術を研鑽し続け、伝統や文化を守り継ぐだけではなく、その魅力を次の世代にも伝える活動も積極的に行っている彩雲堂。

松江に根差しながらも世界も視野に展開を続ける同社の今後の展開が楽しみです。